中学の技術科(技術・家庭科)の授業は学ぶ意義があるのか!

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ノコギリでギコギコ

ノコギリでギコギコ

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前回を振り返ります。

ものづくり創造立国を支える学力の一つである

「創造・工夫する力」の育成が不足しているという指摘はわかります。

だからこそ、闇雲に何かを作らせれば・・・というような

安易な授業実践は技術科の将来に汚点を残します。

思考・判断・表現といった機能的学力の土台には、

学問を背景にした内容的学力(知識)があってこその話です。


と偉そうにぼやきました。

ここで、勘違いしないでくださいね。

何を?それは知識のことです。

いわゆる断片的な知識のことではありません。


発達段階に応じた、授業によってきちんと形成される認識のことです。

「認識」という言葉を使用するのにとっても慎重な研究団体もありますが、

とんかちは、別に研究者でもありませんし、ぼやいているだけですので。

あまり突っ込まないでくださいね。


例えば、子供たちは楽しそうに板材をノコギリでギコギコします。

あー楽しかった、まっすぐに切れたよ、・・・

これで授業終了では、単なる体験主義というか這い回る経験主義とか、

過去に物議をかもした光景がよみがえってきます。


ノコギリでギコギコは、教師にとっては「切削」を意味するものであって、

教室空間にあるというか、準備できるものとして、

ノコギリ(道具)を使って木材(材料)を切削させているわけです。

そこには、切削に関わる原理・法則が存在するわけで、

教師はそこのところをわきまえて授業しているわけです。


ここで大事なのは、「手」を通してこそ認識できることがあるわけです。

何を?そうです。硬い、柔らかい、切削角度・・・と。


つまり、教科書から目や耳を通して得た情報に加えて、

「手」を通して確かな情報を得るわけです。

まさに、「手」は貴重な認識器官であるわけです。

もちろん、教師の仕掛けがあってのノコギリでギコギコですので。


子供の動作背景に、

材料の特徴を理解し、切削角度を考えての

ノコギリでギコギコからくるあー楽しかった、まっすぐに切れたよ・・・

であれば、とんかちも安心です。


どうも、ここのところが第三者に

理解されているのかなとぼやいているわけです。


でも大丈夫です。願いします。信じます。

全国で奮闘されている先生方の活躍を。


We say,we hope,we believe,yes,we can!




技術科の授業では、ものづくりが中心に展開されている

ということは周知されていると思っています。

でも、単なるものづくりじゃないかと一部には

思われている気もして仕方ありません。

全国的に「ロボコン」というコンテストが知られるようになりました。

ですので、華やかな舞台の裏の一見地味な

プロセス(ものづくり)の部分にスポットが当たると

単なるものづくりじゃないぞーっと自信もって言えるのですが・・・


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