中学の技術科(技術・家庭科)の授業は学ぶ意義があるのか!

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先帝陛下の大御心 位牌を抱きしめた少女に涙

 先帝(昭和天皇)陛下は昭和24年、佐賀県に行幸(ぎょうこう)された。敗戦で虚脱した国民を励まされる全国御巡幸(ごじゅんこう)の一環で、ご希望により因通寺という寺に足を運ばれた。地元の友人から聞いたその際の逸話に、陛下が背負い続けた深い悲しみと苦しみが滲(にじ)む。住職・調寛雅(しらべ・かんが)氏の著書「天皇さまが泣いてござった」(教育社)に詳しいが、そのお姿は「刻苦」を正面から引き受ける修行僧のようでもある。

 寺では境内に孤児院を造り、戦災孤児40人を養っていた。陛下は部屋ごとに足を止められ、子供たちに笑みをたたえながら腰をかがめて会釈し、声を掛けて回られた。

 ところが、最後の部屋では身じろぎもせず、厳しい尊顔になる。一点を凝視し、お尋ねになった。

 「お父さん、お母さん?」

 少女は2基の位牌(いはい)を抱きしめていた。女の子は陛下のご下問に「はい」と答えた。大きく頷(うなず)かれた陛下は「どこで?」と、たたみ掛けられた。

 「父は満ソ国境で名誉の戦死をしました。母は引き揚げ途中で病のために亡くなりました」

 「お寂しい?」と質(ただ)された。少女は語り始めた。

 「いいえ、寂しいことはありません。私は仏の子です。仏の子は、亡くなったお父さんとも、お母さんとも、お浄土に行ったら、きっとまた会うことができるのです。お父さんに、お母さんに会いたいと思うとき、御仏様(みほとけさま)の前に座ります。そして、そっとお父さんの、そっとお母さんの、名前を呼びます。するとお父さんも、お母さんも私の側(そば)にやってきて抱いてくれます。だから、寂しいことはありません。私は仏の子供です」

 陛下は女の子の頭を撫(な)で「仏の子はお幸せね。これからも立派に育っておくれよ」と仰せられた。見れば、陛下の涙が畳を濡(ぬ)らしている。女の子は、小声で「お父さん」と囁(ささや)いた。陛下は深く深く頷かれた。

 側近も同行記者も皆、肩を震わせた。実はこれより前、陛下にお迎えの言葉を言上(ごんじょう)した知事が、嗚咽(おえつ)で言葉を詰まらせていた。側で見て「不覚をとるまい」と肚(はら)を据えた住職も落涙した。そればかりか、ソ連に洗脳されたシベリア帰りの過激な共産主義者の一団まで声をあげて泣いた。彼らは害意をもって参列していた。

 皆、陛下のご心中を察しつつ、その温かみに感極まったのだ。自らの戦中・戦後も自然、重ね合ったに違いない。日本から皇統を取り去ったら、何が残るだろうか…。(九州総局長 野口裕之)



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120502-00000517-san-soci
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[ 2012/05/02 12:46 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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