中学の技術科(技術・家庭科)の授業は学ぶ意義があるのか!

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大分県立森高 野球部監督 重光孝政 追悼本

大分県立森高 野球部監督 重光孝政 追悼本

 昨年7月、全国高校野球選手権大分大会開会式後、学校へ戻る途中にマイクロバス事故で亡くなった大分県立森高(同県玖珠町)野球部監督だった重光孝政(よしのぶ)さん(当時44歳)の追悼本を同級生らが作った。「『お父さんはこんなに慕われていた』と大人になった時に知ってくれれば」と同級生らは30日、1冊目をこの日が8歳の誕生日の長男(星希ほしき)君に手渡す。【土本匡孝】

 タイトルは前向きで努力家だった監督の口癖「あきらめるな」。 重光さんの妻が長年のファンで、孝政さんとも生前交流があり、出版にも携わった詩人、須永博士(ひろし)さん(70)=東京都=が「天国の重光監督が今、みんなに伝えたい言葉に違いない」とつけた。監督とのエピソードや感謝の気持ちを家族、友人、教え子ら126人が寄稿。中には同級生で福岡ダイエー(現ソフトバンク)ホークス草創期のエース、吉田豊彦さんや、ホークスの内川聖一選手の父で県立情報科学高の内川一寛監督も。

 県立国東高野球部監督時代、選手だった重光さんを指導した内川一寛さんは、甲子園を目指して汗を流した師弟関係を述懐。「大人になっても監督としてよきライバルに成長してくれた」などとつづった。また、吉田豊彦さんは「『あきらめるな』。日本一のグラウンドから大声で叫ぶ貴殿の姿が、これからの私の支えとなるでしょう」などと寄せた。

 他にも、「野球を通じて礼儀や気配りを学んだ」「『たかまさ』と呼び続けてもニコニコしていた」など、教えに感謝する言葉や、重光監督の人懐っこいエピソードが並ぶ。中高の同級生、(萱島かやしま)和行さん(45)=同県国東市=は「永遠の腐れ縁」と題し、昨年4月、星希君とキャッチボールした思い出を寄せた。約10メートルの距離だが、小学1年らしからぬビシっとした球。「大したもんやの」とほめると、「じゃろうが」と重光監督が自慢げににやっと笑った。「同級生の前ではおちゃらけていたが、生徒のことは卒業後も責任を持つ芯がぶれない人だった。重光が残してくれたものが形にできてよかった」

 同じく同級生の田口友恵さん(45)=同=は企画した同級生5人の一人。集まった原稿を時に涙を流して校正した。「泣けて書けない、と筆を置いた人もいる。重光君の温かさや教育姿勢が詰まった本で、知らない人が読んでも『生きている時に会いたかった』と言ってもらえると思う」

 重光監督の生い立ちを寄稿した父幸則さん(74)は「誰でもしてもらえることでなく、息子も喜んでいるだろう」と感謝している。

 B6判320ページ。詳細は追悼本ホームページか熊本県小国町の須永博士美術館0967・46・5847。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120428-00000006-maiall-soci
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[ 2012/04/28 18:43 ] ◆ 教育ニュース | TB(0) | CM(0)
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