中学の技術科(技術・家庭科)の授業は学ぶ意義があるのか!

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犬養毅 5・15事件 酷暑征服法、はがき発見

犬養毅 5・15事件 酷暑征服法、はがき発見

 80年前の1932(昭和7)年5月に起きたテロ事件、「5・15事件」で殺された政治家、犬養毅(1855~1932年)が死の2年前、大阪毎日新聞社発行の週刊誌「サンデー毎日」に送ったはがきが見つかった。犬養の書簡集にも収められていない新史料だ。「私の酷暑征服法」というアンケートの回答で、苦学の末に政治家となった犬養の素顔がしのばれる。



 はがきの文面は「静に心を持つが酷暑征服法に尤(もっとも)よろし寒も暑も心次第で凌(しの)ぎ易(やす)きもの也(なり) 僕が苦学時代に修練して得たる方法也(心を静かに保つのが暑さ克服にもっとも良い。寒さも暑さも心次第でしのぎやすくなる。僕が苦学をした時代に修練して身につけた方法です)」とある。

 はがきは、岡山県倉敷市の民俗学者で元真備町(現倉敷市)教育委員長、中山薫さん(75)が今年3月、東京の古書店から購入した。消印は1930(同5)年7月9日で、同誌の同年7月27日号に載った。岡山市生まれの犬養は当時、2大政党の一翼、政友会の総裁だった。翌年12月に首相となり、約半年後に殺された。

 犬養は、1875年に上京し、慶応義塾などで学んだ。仕送りがなく、暖房なしで1枚の布団を折って挟まって眠り、服は薄手と厚手の2枚しか持っていなかった、と書き残している。

 中山さんは「犬養といえば、殺される直前の『話せば分かる』ばかりが有名だが、彼の背景にただならない苦労があったと分かる史料だ」と話した。【鈴木英生】



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120428-00000045-mai-soci
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[ 2012/04/28 15:43 ] その他 | TB(0) | CM(0)
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